【三浦文学3つの道フットパスマップ・上富良野『泥流地帯の道』全長約6㎞歩いてみたら、ゴールの『土の館』がすごかった!】
も く じ |
【三浦文学3つの道フットパスマップ】
『三浦文学3つの道フットパスマップ』PDF |
https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/generalinformation/d052848.html
『フットパス』とは?
イギリスを発祥とする「森林や田園地帯、古い街並みなど地域に昔からあるありのままの風景を楽しみながら、歩くこと(Foot)ができる小道(Path)」のこと。
【上富良野『泥流地帯の道』歩いてみた!】
スタート『十勝岳爆発遭難記念碑駐車公園』
オチから言うと、ここには行ってません。
後日行ってからまた別で記事を書きますね。
とりあえず、言い訳を。。。
2021年10月13日。
ぷは~、今日も快晴!
1人歩きなので、車でスタート地点へ行ってしまうと、ゴールからまた歩いて戻らないと行けなくなる。
ということで、上富良野の街からスタート地点までコースと同じ道を逆に歩いて行くことに。
!!
スタート地点まであと1㎞ほどのところにある『平成橋』から川沿いの砂利道をスタート地点に向かって歩いていると、途中で熊の糞らしきものを発見!
赤い木の実をいっぱい食べたみたい。
実際に熊の糞を見たことないし、少しだけ悩んだけど
「万が一があるかも!命には変えられない!」
ということで、今日は『平成橋』からスタート!
富良野川沿いの舗装されていない道(遊歩道)を歩く
今日のスタート『平成橋』
熊の糞で本来のスタート地点まで歩くのをあきらめたんだけど、こちらもまた怖じ気づいちゃうわ~。
ここまで来るときは、川の反対側にある舗装道路を歩いてきました。
(どうしようかな~)とその草の道を見ていたら、轍らしきものを発見。
なんの根拠もないけど、「ここは大丈夫だ!」と進むことに。
歩いてみると、どなたかが整備させていているようで、草の背丈は低くて散策にも問題なし!
少し黄色く色づいてきたニセアカシアのトンネルを歩くことができて、気持ちよかったです。
そんな草の道はほんの200mほどで終わり、『草分橋』に出ました。
この道路をのぼると『十勝岳』の方へ続きます。
左手は富良野川、右手は畑『草分橋』→『上富良野開拓記念館』『泥流地帯文学碑』へ
ここからは、右手にずっと畑が広がっています。
もちろん畑に仕事へ行く車も通るので、綺麗な砂利道です。
向こうの丘には『フラワーランドかみふらの』も見えます。
わかります?
真ん中右よりの赤っぽいところです。
おっと、ちょっとした難所の登場です。
(私はさっきも通ったので平常心)
鉄道に行く手を阻まれました。
なんてね。
ちゃんと鉄橋下を通れるようになっています。
こちらも熊笹をどなたかが刈ってくれたあとがあります。
ありがたいですね。
では、列車が来ないことを確認して、鉄橋下をくぐりましょう。
急斜面を登り降りするので、すべりやすいです。
ご注意を!
見上げれば 枕木と空 われひとり
もうすぐ『上富良野開拓記念館』が見えてきますよ。
『泥流地帯文学碑』と『上富良野開拓記念館』
遊歩道からまずはこちら。
十勝岳噴火と防災について
30年に一度、大小なんらかの噴火がおきている十勝岳。
もし真冬、山にも街にも雪が多い時に十勝岳が噴火したら、、、、。
なんて、考えたら恐ろしいですが、そうなってもどうにか生き延びるように準備しないとですね。
富良野川や美瑛川など、十勝岳大噴火で泥流の流れ道となった川には、今では砂防ダムがいくつも作られています。
泥流のスピードをゆるめるための砂防ダムです。
「あれがあるから安心よ」
じゃなくて、時間稼ぎしてもらってる間に逃げなきゃです。
さて、次は
『上富良野開拓記念館』へ
はい、残念!
休館日でした。
10月は土日のみ開館のようです。
それから、お昼時間も閉まっているようですので、ご注意を!
上富良野開拓記念館HP |
http://www.town.kamifurano.hokkaido.jp/index.php?id=1114
遊歩道をズンズン進む『富来橋』→『若草橋』→『あかしや橋』→『北26号橋』
距離はあったけど、ご紹介はサクッと行きます。
『富来橋』
『フラワーランドかみふらの』見えてますね~。
これまで見なかった農業用の水門があります。
これより下流ではあちこちに見られる水門です。
『若草橋』を撮っていると、ちょうど農業用機械が通っていきました。
まだかわいく咲いているノラシンジンがありました。
もうみんなは種になったのにね。
『あかしや橋』到着。
ニセアカシアが群生しているからこの名前なんでしょうかね?
これまでずっと、川沿いはニセアカシアだらけでした。
ここからは、川の左側の綺麗な遊歩道を歩きます。
周りが畑から民家になりました。
現在地、親指の指す辺りです。
この遊歩道にはベンチも用意されていて、普段のお散歩にもぴったりな場所です。
途中でこれまで歩いてきた富良野川に、コルコニウシベツ川が合流します。ちょうど上の写真で親指で隠れている辺りですね。
川沿いの遊歩道はこの『北26号橋』までにして、あとは道路横の歩道を歩いて行きます。
『専誠寺』
少しマップコースとは外れるん(マップの線がずれてるのかも?)ですが、せっかくなので『専誠寺』の前を通って行きました。
幼稚園が併設されていて、子供達の元気な声が聞こえます。
三浦綾子さんは取材のためにこのお寺を訪れ、ここの大広間で被災者や遺族への聞き取りを行ったそうです。
『大雄寺』
『専誠寺』から真っ直ぐ進むとすぐに『大雄寺』に着きます。
こちらには、大正15年の十勝岳爆発の際、被害復旧のため上川管内(上富良野町近隣)の青年団員が約50名、常時宿泊されていたそうです。
昭和5年、十勝岳爆発横死者追善供養のための『新西国三十三所観世音菩薩』建立。
『上富良野橋』(なみだ橋)
大正15年の十勝岳爆発の際、大量の流木とともに、多くのご遺体が発見され、人々が涙した場所。
富良野川の川幅がこんなに広がりました。
95年経った今は、近くに公園もあり、なんとも穏やかな場所です。
『明憲寺』
大正15年の十勝岳爆発の際、被災した人たちの避難場所になったお寺です。
境内には、大正15年9月に建立された『十勝岳爆発遭難記念碑』があります。
台座には、遭難者144名の名前が刻まれています。
建立当時は被害地に建てられていたものが、被害地の復旧にともない、昭和25年にここ『明憲寺』へ移されたそうです。
『見晴台公園』
気持ちのいい、芝生公園。
国道沿いなので、立ち寄りやすいですね。
ここには、情報ステーション(営業は夏期のみ)やトイレがあります。
↓こちらはトイレです。
かみふらの見晴台情報ステーション |
https://www.kamifurano.jp/play/information/125
『富良野聖観音』
上富良野の街を見守るように立つ観音様。
大きいので、街からもよく見え、ランドマーク的な存在です。
明治30年4月に、富良野地方で初めて開墾のクワがおろされてから88年が経った昭和59年。
開拓者としてこの地へ来た祖父母両親たち父祖先輩を偲び、その業績への感謝、遺徳を永遠に讃えるとともに、富良野地区の平和と安全、繁栄を祈願して建立されたそうです。
ここからの眺めもいいですね。
さぁ、あと少しですよ!
ゴール!!『土の館』
着きました~!
今日のスタート地点『平成橋』から『土の館』まで
☑️2時間13分
☑️9,287歩
でした。
マップの所要時間は、約1時間15分だったのですが、だいぶ寄り道しましたもんね。
タイトルに、『土の館がすごかった!』って書いたわりには、写真をあまり撮ってなくて、お伝えしづらい。
こちらは、農機具のメーカー『スガノ農機株式会社』さんが設立した博物館。
土の館HP |
最初は(さびれてる感があるな~)なんて失礼な気持ちで入ったんですが、
✨動く木彫り人形におっかなびっくりして
✨創業者の人柄に心惹かれ
✨初めて聞いた『プラウ』という、農作業の一番はじめの土を耕す、土を起こす作業に使う農具のことを知り
✨白の理由を知り
✨壁面の木工アートに見とれ
✨土壌モノリス(ここでは標本)の多さにびっくりして
マニアックというか、本気というか、すごかった。
外の『トラクタ博物館』も面白い!!
ベンツのウニモグもありましたよ。
世界中のいろんな年代のトラクタがあって、どれも個性的で、中には鼻のパーツをわざわざ付けて完全に人面トラクタ狙いなやつもいて。
電車の博物館って行ったことないんだけど、このワクワクはそれに通ずるのかもなと思いました。
昆虫博物館に行ったときのワクワクキラキラに似た感情。
や~、楽しい1日でした。
帰りに行こうと思ってたお蕎麦屋『まん作』さんが閉まっちゃってたのだけが残念!
長文ご覧いただき、ありがとうございました。